10/29(木) 午後
本陣出発後、お昼の弁当とお茶が配られました。
それを食べながら国道北側を眺めていると島原鉄道の廃線区間とおぼしき場所(バラストだけ残った路盤、川にはガーター橋付)が時々見えました。
天正少年使節団の一人である中浦ジュリアンの出身地であり、つい最近まで島原鉄道の終点だった口之津に到着。ここから船に乗ります。といっても中型の漁船くらい。

イルカウォッチングでした。遭遇率は八割から九割とか。
しかしイルカの群れを見つけると戦車と同じくらい排気ガスを出して猛スピードで向かっていきます。
乗船料(なんと2500円。高いか安いかは個人の感覚に任せます)を取ってる以上、という意識はあるんですけど、有明海の生態系にとってはどうなんでせうか。
1時間弱の遊覧航行を終え、再びバスに乗り込みます。
ガイドのMさんから普賢岳噴火の話を聞きながら、
松山町で降りて向かった先は原爆資料館です。
原爆資料館は30分しか見る時間がなかったのでもうちょっとじっくり見たかった(日本核武装論者でもある私にとっては、もっと原爆の被害について詳しく知りたいのだが)のですが、スケジュール上の都合で先を急ぐことになります。
松山公園で爆心地の碑を見て、続いて平和記念像へ。

ちなみにこの像、右手の上に避雷針が付いているそうです。高い場所にある像ですからね。
ここでグループ写真を撮りました。
このあと、この地下の駐車場からバスに乗り、暗くなった道を、Mさんが話す永井博士の談話を聞きながら佐賀県の嬉野温泉へ。
19時ぐらいにやっと宿舎のホテル茄水園に到着。
夕食の温泉豆腐が気に入りました。
しかしハンバーグは要らないのでは?と思ったことでした。
この茄水園は9階にある星空の見える露天風呂が売り物なので、入浴時間に入ったのですが。
星見えませんよ。月が出ていたからかな
とりあえず3つしかない洗い場の確保に成功したり、お湯による集中砲撃をやったりして楽しかったことは認めます。ちなみに地下にも大浴場があってそっちには洗い場もたくさんあるそうです。
結局この日も11時過ぎ位には寝ていました。
同室の奴(別の班)が携帯電話を没収されて正座させられたことも知らず・・・



